1月22日
 今週は冬型が強まり土曜には緩むとのこと、クローズであった島根・鳥取もできそうなので益田市に向かうこととした。天気は晴れ、ほぼ無風、といいコンディションだ。いつものように益田市かもしま東町のローソンでサンドイッチとコーヒーを購入し公園に寄り、大塚をチェックする。うねりは十分だ。
その後いつものポイントに移動、ローカル数名が談義している。良さそうに見えて結構きつそうとのこと、胸から肩のうねりがきれいに入ってきているがセット間隔が短めだ。ここ数日は朝方の冷え込みがきついので日が十分に上がるのを待ち、入ることにした。
やはり相当ゲティング・アウトには苦労した。ドルフィンスルーを無数、奇跡的に出られたアウトサイドで、乗れればとてもいい波であった。天気もよく、萩石見空港から離陸する、あるいは福岡・札幌間を行き交う旅客機が青空に映える。出るのはきついがアウトサイドは穏やかであった。しかしインサイドのロックで右足親指を切ったようで、かなりのドルフィンでこの親指を痛め、またパドリングも相当きつかったため右手首を痛めてしまった。体力も限界で腹も減りあがることにした。
今日もいつものようにキヌヤで買い物、河川敷でブレイクを見ながらビールと食事を摂り、少し寝る。午後は風が入り、悪くなっている。津田に移動し夕方最終ラウンドとすることにした。朝会った広島のサーファーは「津田は割れてなくてしゃびしゃびでしたよ」とのことであったが、なんとか腰〜はあるようだ。右堤防から割れてくるレギュラーと中央からのグーフィーがある。1時間ほど入り、日没を迎えた。
翌日曜は朝からくもり〜雨の予報、手首の状況が悪くなければ千畳方面にでも向かい、入ることも考えたが、過酷なパドリングで手首を痛めた老いた自分を笑い、休養のため、また先週の相場はNFLX20%安の衝撃でちょっと早く帰って新聞とテレビ東京で情報収集でもしないとまずいので、帰ることにした。
さて、帰路はかねてから行きたかった現在研究している柿本人麻呂関連の柿本神社か森鴎外関連で森鴎外記念館のどちらかにに寄ろうと思い、森鴎外記念館に行くことにした。津和野町にある森鴎外記念館、日曜とはいえ早朝で雨、またコロナ禍ということもあり街はほぼ無人、雨の津和野もまたいいものであった。まず旧邸を見、9時の開館を待ち記念館を観る。森鴎外は好きな作品は「山椒大夫」だが、むしろ松本清張の「或る『小倉日記』伝」の主人公田上耕作の人物像が好きで、そちらから掘り下げていた。ボールペン、限定の文鎮など土産を12,000も買ってしまった。

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