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知覧の初代館長板津忠正氏は名古屋の出身で、愛知・犬山市にお住まいであった。生前、ある会の講演でご挨拶させていただいたことがあった。
http://www.itatsutadamasa.jp
犬山で、一度お会いしたかった。
今回、知覧には行けなかったが、坊ノ岬を見たい、菊水作戦の死闘の最期の舞台となったいわゆる「坊ノ岬沖」を見てみたい、と南へ向かう途中偶然通りかかり万世という基地があることを知った。知覧は有名であるが、それ以外からこの山を見ながら本土に別れを告げ沖縄を目指した若者がいたことを知った。鹿児島・開聞岳。junkojimacom

ギャラリー

お知らせ

surf products car gear

2023年2月4日
宮崎・恋が浦に久しぶりに訪れた。香川・高松市のショップ、サンダンスの従業員君とフェリーに乗って行ったのが30年くらい前。当時宿泊した民宿田中は営業していたがお世話になったおばちゃんは亡くなっていた。
波は見た感じフラットだがきれいにシェイプされたうねりが湾内に入ってきている。腰。ローカル氏によるとここは都城からのサーファーが多く、森さんの板、スウェルのユーザーが多いとのこと。氏は鹿屋からいらっしゃっていた。
その後志布志湾から大隅半島を南下した。



大隅半島南端の佐多からの開聞岳。

2023年1月29日
日曜日だが岩国の米海兵隊は休みではなかったようだ。タッチアンドゴー訓練で周回を繰り返していた。P-8A。後方は大黒神島。



2023年1月22日



佐世保から針尾島に入ると針尾の送信所の塔が見えてくる。ニイタカヤマノボ一二〇八で知られる。ここは2019年に訪れた。そのときに保存会会長の田平清男氏がいらっしゃって、ご説明をいただいた。私から愛知・安城市の依佐美送信所の話などをさせていただいた。先月の日経新聞に氏が寄稿されていた。この塔に子供のころよく登られたと書かれていて、驚いた。西海市川内郷から望む。

長崎市の平和公園に向かう。



ここに浦上刑務収容所というものがあったことを初めて知った。収容されていたのは中国人と朝鮮人だということ、死刑場が併設されていることからここはかなりの場所であったことがわかる。爆心地であり、基部のみ残っている。拘置場は放射状になっている。劣悪な条件だったことであろう。ハルビンの731を思い出した。

出島に行った。吉村昭「ふぉん・しいほるとの娘」を今読んでいるのでとても興味深かった。

三菱長崎造船所。DD-199あさひ、DDG-180はぐろがいる。



その後南下。



軍艦島がこんなに近く見えるとは知らなかった。
波は。黒崎、フラット、雪浦は当然フラット、南の脇岬もフラット、佐賀へ向かう。大友は良さそうであった。浜崎はフラットであった。福岡に向かう。



釣川河口で入る。大潮。潮がまだ多いが引きにしたがって良くなってきた。無風で面は良い。日が差していないので冷えていた。

2023年1月15日
今年の2発目は佐賀であった。
映画「悪人」を久しぶりに見た。
ロケ地に行きたかった。佐賀大和で降りて紳士服フタタに行きたかったのだが、まずは呼子のイカ屋の前を通った。「いか本店」は休みだった。サーファーなら呼子といえば立岩だが、土曜、日曜ともデカかった。今回入りたかった大友はあまり良くなかった。よりイージーな浜崎で土日1ラウンドずつやった。



浜の浦の棚田。夕陽がきれいらしい。
名護屋城に寄る。

名護屋城というと大陸進出のため急造された前線基地で規模的には小さいのかなという印象だったが、違った。かなりの広さであった。唐津名護屋まで来る名古屋ナンバーの車は私だけかなと思っていたら、1台いた。

2023年1月7日
今年の一発目は鹿児島であった。九州各県でサーフィンし九州全県制覇したと思っていたら昔鹿児島だと思って入った恋が浦は宮崎県だった! ということで、西が吹き江口浜が上がるとみて南へ向かった。途中出水あたりも結構風が強くサイズはありそうな感じ、脇本で入ることとなった。12月11日の津田・文太の胸肩以来。年末年始は単身赴任先から自宅に戻り食べまくっていてどう考えても調子はいいわけがないので、ノーズに余裕がありテイクオフに安定感のあるZBURHの6'2で入ることにした。



いい波であった。胸から肩、くもり〜晴れ。

2022年12月23日
先週は新幹線の停電で大変な目にあった。いつもののぞみ43号を2本ほど早め、自宅で準備していたところテレビで「三河安城・豊橋間で停電のため運航停止」との報道(!)、出発を後らせるだけ後らせるか、すぐ発つか。遠いだけにすぐ発つこととした。妻に大府駅まで送ってもらい、名古屋駅新幹線口に行くと、まだそれほどの人ではないものの「復旧にはしばらく時間がかかります」とのこと、在来線で西に向かうことにした。米原行きに飛び乗り、途中、岐阜・米原間が結構混んでいて、米原 - 岐阜・名古屋にこんなに人の移動があるのかと内心腹が立ちつつ、帰れるかどうか不安ながら、岐阜の大垣あたりまで結構一宮の138タワーが見えているなあと、車窓の景色を眺めていた。その後関ヶ原あたりの見たことのある景色を暗い気持ちで見ていると米原に着いた。姫路、神戸方面は「播州赤穂行き」とのことでそれに乗り継いだ。播州赤穂などという駅は聞いたこともなくまたも不安であったが大津、高槻あたりまで来ると、大阪に行けばなんとかなる、と若干落ち着く。新大阪で降り、こだまでもなんでも来た列車に乗ろうと降り立つと、新大阪駅は長蛇の列であった! これはあかんと再び在来線へ! 姫路で降り岡山行きに乗ろうか、いや、一応新幹線の駅があるので新幹線ホームを見てみようかと行ってみるとのぞみが臨時で止まるという。今、神戸を出ました、とのことであったため、結局新幹線で広島まで、立ちながらではあったがなんとか行くことができた。広島駅でいつもの立ち食い屋さんに行き、行きは肉うどんであったが帰りはてんぷらそばを食べ単身赴任先に戻ったのは22時前、M-1の結果発表には間に合った。



姫路でのぞみ臨時を待つ。冷えてきた。

2022年は

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